クラス会・同期会|杉野服飾大学・杉野服飾大学短期大学部 同窓会

杉野服飾大学・杉野服飾大学短期大学部 同窓会 すぎの会

クラス会・同期会等

2014年
大1回生同期会報告
天候に恵まれた平成27年10月24日大学祭の初日、私達大学1回生が学んでいた大学校舎を集合場所にし、同期会を開催しました。外観は開放的になったけれど、在学当時とあまり変わらない教室を懐かしく見て回りました。次に当時なかった図書館では、施設案内を受けた後に、卒業制作をパソコンで検索し、若かった自分と制作の苦労話で盛り上がりました。
香港園での会食時は人数も増え、思い出話に時間の経つのも忘れ、大学生の頃に戻っていました。
次に恩師杉野芳子先生の仏前にお参りをさせて頂きましたが、皆さん杉野先生に今の自分を報告したことと思います。
最後に教務でお世話になった杉野秀子先生との懇談では当時の授業や先生とのエピソードなど懐かしい先生方がたくさん登場してきました。
本会の計画では、新しい校舎と設備、学生達の展示など見て回る予定でしたが、話に夢中で時の経つのも忘れていました。ジャーナルすぎ43号には写真と共に掲載させていただきたいと思っています。(古明地正子記)
バスケット部OG会 さよなら! 杉野クラブ
日時:平成27年5月30日(土)
会場:八芳園
幹事:桑沢朝子
その日は眩しい光にみち溢れた五月晴れの土曜日でした。5月30日、目黒雅叙園の真っ白い宴会場は85名の会員の笑顔と笑い声でいっぱいでした。
私はふとこれはさよならのパーティではなく、門出のパーティのような錯覚におちいりました。
杉野クラブは、1968年にバスケットボール部の同窓会として発足し、今年で47年目を迎えました。その間、杉野クラブニュースの発行(年2回)、公式試合への出場、現役部員との文化祭のバザーを通じての交流、経済支援等、共存共栄の歴史を刻んできました。
そして、創立から半世紀を目前に解散を決断する事は、全ての会員にとって辛くて、とても淋しい事でした。でもこの決断の潔さが、明るくて、楽しくて、清々しいさよならパーティの開催につながったのだと思います。
47年の間に、延べ約400人のOGが在籍した杉野クラブという大きな輪は、2015年5月30日をもって、その輝かしい歴史にピリオドを打つ事になりました。
杉野クラブという大きな輪は、美しい余韻を残しながら、消滅することになりましたが、これからは、同じ時代を共有した同期の桜がいくつもの小さな輪となって、美しい花をあちこちに咲かせて、杉野のバスケットボール部と杉野クラブの栄光の歴史を語り継いでくださることを願っています。
(短期大学部被服科 昭和30年卒業 中尾 高子 記)
杉野女子短期大学西睦寮S48年・S49年(入寮)同寮会
2014年10月4日(土)、会場は当時西睦寮の新入生歓迎会の会場でもあった思い出の「目黒雅叙園(偶然にも西睦寮が眺められるお部屋)」で開催いたしました。
今回の同寮会の開催は49年入寮の方から2年程前にお声かけいただき今回の開催の運びとなりました。
寝食を共に生活をした仲間の40年ぶりの再会です。遠く九州、北は東北からと全国から34名の参加でした。
会場の受付付近から大騒ぎで○○ちゃんと愛称で呼び合い、「おしゃべり」は止まりません。
会食では今だから話せる当時の失敗談、寮監でいらした北崎勝子先生との思いで、門限ぎりぎりで走って帰った事、など懐かしい会話で笑顔と笑い声でいっぱいでした。
宴会終了後は同館で開催中の「仮屋崎省吾さんの100段階段花道展」の鑑賞と寮生でもあった杉野服飾大学に在職の中山経子教授のご配慮で「旧西睦寮」と「短大校舎」の見学をさせて頂きました。
寮も校舎も当時のままで20歳のあの頃にタイムスリップしたかのようです。
その後、二次会、三次会・・・と尽きない思い出話しで楽しい時間を過ごし、「西睦寮で出逢って繋がって・・・」の喜びを感じながら元気でまた逢えることを願って目黒を後にしました。
今回の同寮会の準備の為に約半年間、遠くから打ち合わせに参加してくださった後輩の幹事の方々と会うのが楽しく、楽しみでもありました。ご協力いただいたすべての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。
S48年幹事南部正子(旧姓:柳)記
ファッションビジネス・マネジメントコース 第1回合同同窓会
2004年に杉野服飾大学に校名が変更になってから2014年3月の卒業生を送り出すと10年が経ました。ファッションビジネス・マネジメントコースは、前年(2003年)の杉野女子大学(16名)から発足したコースであります。
ファッションビジネス・マネジメントコースは、企業とのコラボレーションよって行われる産学連携型の授業が特徴です。社会に出たら、一人で仕事することはありません。チームを組み、人と関わりながら仕事を進めていきます。コースでは、アイデアを出す企画能力や提案力、それらを発表するプレゼンテーション能力、コミュニケーション能力、物事をロジカルに捉える論理的思考能力、さらに交渉力、折衝力等、実社会で必要とされる力を企業に向けてのプレゼンテーションという場の中で学んでいきます。
10年目の節目に当たり、縦横の交わりを深める機会を是非設けたい気持ちで、同窓会を開く計画が持ち上がりました。2004年度卒業生から2013年度卒業生全員(約600名)に、第1回同窓会 (卒業年度を越えて)テーマ「すてきな、FB・Mコース AKIRA 懇話会」<ハイファッションでおしゃれに(T・P・O)…すてきなホテルですてきなパーティーで“皆に会いたいな〜”秋の一時を共に過ごしましょう>のご案内を8月に送りました。アパレル関係に就職している人が多いので、20:00〜22:00にし、思い出の地、目黒がいいという意見を尊重し、2014年11月15日(土)に目黒雅叙園で開催しました。57名の参加をいただき、現在の職場、職種等の自己紹介からあちこちで名刺交換(これからの仕事に結び付ける?)から話に花が咲き、2時間はアッという間に過ぎていきました。限られた時間の中で、卒業年度を越えて交流を深める一日になりました。2回目開催を約束して解散しました。(文責 鈴木 明)
アートファブリックデザインコース第1回同窓会
 杉野服飾大学アートファブリックデザインコースでは、平成14年に第1回生を向かえ、お蔭様で8年目となりました。初めての試みですが平成26年12月に学内「ギャラリーu」で「卒業生作品展」を企画しました。事前に卒業生全員に声を掛け現在、アパレル企業やデパートなどに勤め「作る」ことをし続けた卒業生の染色、織、ニットなどの作品が揃いました。 展示準備も休みをとってくれた卒業生や就業後駆けつけてくれた卒業生など、とても楽しい雰囲気の中で行いました。展示最終日の12月6日土曜日18:00〜 コース同窓会も合わせて企画していましたので、第3校舎地階「イートイン」で開催しました。
会費はOne-coin500yenとし、多くの卒業生が集まり、和気藹々でありながら成長して頼もしくなった卒業生54名に出会えることができました。とても嬉しく活気に溢れた同窓会が始まり、開会挨拶は2回生の小林君に依頼して「開会宣言」の声でスタート、乾杯の後、学年度ごとで代表を決め、スピーチをしてもらいました。卒業後のことや現在の仕事のこと、将来こんなことがしたいなど大いに笑い、楽しい時間を共有しました。解散後二次会をする人、遠方ですぐ新潟、岡山、仙台など新幹線で帰路に着かなければならない人などでしたが、それぞれ良い思い出になったことと思いました。
 今回は第1回目でしたが本当に開催してよかったと思いました。(アートファブリックデザインコース主任 鈴木美和子)  
2011年
短大被服科S37年卒業(第11回生) 古稀記念の同窓会
小春日和に恵まれた平成23年11月20日・21日に被服科11回生の私達は、”古稀”を記念して同期会を開くことにしました。
一日目は、新橋の第一ホテルに一泊しながら、懐かしい思い出話や近況報告等の楽しい宴で時間がまたたく間にすぎました。
二日目はハトバスで東京めぐりと母校を訪問するという予定で約30人の参加がありました。(パーティのみで帰宅する人、又、二日目のバスのみに参加等々)懐かしいドレメ通りも随分変わっておりましたが、そこにお変わりにならない満面の笑顔の秀子先生がお出迎え下さり、一同感激の声で先生を取り囲みながら学校の校舎や元南桜寮が現在は素晴らしい図書館になり、学生達の勉学に大いに貢献している姿などを見学させて頂き、私たちも半世紀と言う月日を改めて認識しました。
又、西睦寮は、研究棟という事で外観のみで再びドレメ通りの元芳子先生のご住宅が、現在は記念館として芳子先生のデザインにより制作された素晴らしい作品の数々を見せて頂き、斬新なデザインで今すぐ着用しパーティやタウンに出かけて現在でも通用する服の数々を見せて頂き、一同感嘆!の声。芳子先生の講義を思い出しながら、”素晴らしい!””素敵”の連呼でした。
今年は、大学院も開設され益々発展する母校のお話しを伺い一同嬉しく、又、誇らしい気持ちで秀子先生とお別れし解散しました。(島崎伸美記)
短大被服科S58年卒業(第32回生)同窓会
平成23年6月5ひ(日)東京オペラシティ54F東天紅にて相場先生と9名の参加があり、オープンカレッジを終えて森田先生がかけつけて来てくださった。
同窓会の準備は今年1月から始めて数人で場所、日程、会費など決め、2月往復はがきを印刷。先生への招待状ととんとんと進められていた。そんな時3月11日東日本大震災が起こり、発送する予定でいたはがきもそのままとなり、今後どうすべきかを話し合った。
6月5日と日程を決めたものの、今この時期にはがきを出して、人が集まるだろうか?非常識ではないか?と同窓会開催もあやぶまれた。
しかし、ここまで色々と準備してきたのだから開催はしようと再び行動し、はがきを発送した。返信がだんだんと集まり、7割は欠席だった。そのうち1枚2枚と出席の返信が届き、少なくても温かく、アットホーム的な会で開催しようとその日を迎えた。
卒業してから29年間・・・・本当に久し振りで入り色奈昔話に花が咲き、楽しい時間を過ごせました。
またこれからも定期的に集まりを計画する予定です。たくさんのご参加をおまちしています。(西原佳子記)
2010年
平成22年 11月18日(木)、19日(金)杉野学園女子短期大学 被服科 第11回生(S37年卆)は、道後温泉旅館「ふなや」にて同期会を開催いたしました。思い起こせば、杉野短大を卒業して半世紀の月日が経ち、学生時代のいろいろな事が思い出され、中でも四国愛媛出身の私は、19時間かかって上京したものでしたが、今では5時間程度で日帰りも可能な時代になりました。過ぎ去った日々は、紆余曲折もありましたが、時が忘却の彼方へと。老々介護、身体の具合の悪い人、その他の理由で出席できなかった人も多い中、幸い健康に恵まれた第11期生の16名が全国各地より集いました。
当日は、菊の香りが紅葉の庭に漂い、日本最古と言われる道後温泉「ふなや」で同期会を開催。翌日は、大型バスで砥部(梅窓窯)、坂の上ミュージアムを見学フランス料理の昼食後解散の運びとなりました。次回の再会を祈りつつ。(佐野嘉智子記)
平成22(2010)年1月24日 短大被服科・生活芸術科合同昭和58年卒業「箱根と芸術のコラボレーション同期会」1日目は大学から青木・相場先生、同窓会長杉野・教務事務部長川端下両氏、同期生50名と共にパーティ。2日目は奥野良江さんが学芸員として心魂こめて携わってきた箱根ラリックミュージアムツアーで美しい装飾品を鑑賞し、心豊かな時間を満喫できました。(三浦理絵記)
2009年
平成21(2009)年10月17日 短大被服科昭和27年卒業(第1回生)「母校を懐かしみ目黒に足を運び[第47回全国ファッションデザインコンテスト]を見学しての同期会(杉野秀子記)
平成21(2009)年7月26日 大学被服テキスタイルデザインコース平成4年卒業(第25回生)同期会「課題が辛いと思った学生時代の頑張りがこれまでの人生にとても役立っていると思う」と皆さんが語られた。(岩本展枝記)
平成21(2009)年6月7日 短大被服科昭和37年卒業(第11回生)同期会「ポワレとフォルチュニィ展鑑賞後懐かしいドレメ通り夕陽ケ丘寮・大学校舎などを見ながら散策のプチ同窓会」(杉浦緑記)
平成21(2009)年5月13・14日 短大被服科昭和34年卒業(第8回生)「箱根と東京で20回目の同期会」1日目で17出席の箱根での20回目の同期会。2日目短大校舎、旧睦寮(現在の研究棟)の塀、杉野記念館を見学50年の月日の経過はありますが、昔の面影を彷彿とさせるものがありました。
(梶井鈴江記) 
平成21(2009)年3月21日 大学昭和53年卒業(第11回生)同期会「古き良き日本の風情と江戸文化に遊ぶ一日を過ごす」(佐久間智江子記)
平成21(2009)年3月14日 大学旧被服科学・染色コース同窓会「96歳になられる越川先生他8名の先生と卒業生38名がご参加の会」(関根恭子記)
2008年
平成20(2008)年11月16日(日) 同窓会臨時総会 於目黒雅叙園 
次第 第1部 開会のことば
ご挨拶 理事長・学長中村賢二郎、臨時総会
1.同窓会の「名称」について
2.「卒業生デザイナー自立支援事業」について
3.「杉野学園創立90周年記念事業募金」について
記念特別企画「ダンス衣裳を視点にしたダンスパフォーマンスの鑑賞と衣裳制作の解説」
第2部 懇親パーティ 会食、懇親、学園歌・学生歌紹介
平成20(2008)年4月13日 杉野バスケットボールOG会 平成19年度杉野クラブ総会)(大学35回生浅野文子記)
平成20(2008)年4月3日 短大被服科昭和27年卒業(第1回生)同期会「満開の桜の道、目黒川のほとりを散策」(山本幸子・唐沢啓子記
2007年
平成19(2007)年4月14日 短大生活芸術科昭和45年卒業(第7回生)同期会)「わずか2年間でしたが、同時代を共にするということは、かけがえのない友が生まれ、人間形成の場が作られ、明るく未来いっぱいの青春だった」沖縄、神戸、松本、名古屋と半数以上が遠方から参加。(芦崎裕子記)
2006年
平成18(2006)年10月26日 大学昭和43年卒業(第1回生)「呉瑞蓮さんの突然の来日を期に」台湾からの留学生の呉さんは、学ぶ態度、集中力などが他の学生と違っていました。卒業後台湾、香港で洋裁を教え、ニューヨークに渡り衣料関係の会社で洋服を製作しデパートなどでよく売れ、いつの間にか20年余りが過ぎ、リタイアされたので歩んだ道を振り返るために来校された。(古明地正子・藤枝美佐子記)
平成18(2006)年10月2〜3日 短大被服科昭和40年卒業(第14回生)「西睦寮で学生生活を送った8人と」42年ぶりに博多駅で待ち合わせる寮生活の思い出を語り合い、次の日は山口酒造で、世界中で活躍してこられた同窓生の山口怜子さんの素晴らしいパッチワーク作品を鑑賞。(有馬富美子記)
平成18(2006)年3月26日 短大被服科昭和27年卒業(第1回生)「杉野芳子作品展見学と同期会」)作品展を見学して、作品つくりの気分がよみがえり、作品と先生方のお顔がオーバーラップしたりして、作品にジーッと見入ってしまう有様でした。心打つ作品と手法が語りかけてくるようでした。(杉野秀子記)
2005年
平成17(2005)年11月12日 短大生活芸術科昭和49年卒業(第11回生)同期会目黒駅を降りて、ドレメ通りを歩くと周りの景色が変化していても学生時代に浸れるのが不思議です。高田・榑松・大国・青木・相場・原木先生Aクラス16名、Bクラス9名の方々が出席。(市川八代重記)
平成17(2005)年10月29日 大学昭和52年卒業(第10回生)「48Bクラス会」卒業制作のドレスを身にまとった時から30年の時を経て、恩師堤・杉田、横川、稲垣先生のご出席をいただいて。(山本祥子記)
平成17(2005)年10月4日 短大被服科昭和30年卒業(第4回生)同期会「若い頃は多忙でしたが70歳を迎えたいまは、元気で時間もあり、集まりやすくなりました。」(山中擁子記)
2004年
平成16(2004)年6月5日 短大被服科昭和38年卒業(第11回生)同期会「卒業式で学長杉野芳子先生から学生一人一人に[卒業証書]を握手を交わして手渡されたことなど、懐かしく思い出されます。
]同期の合言葉「元気で過ごしましょう」でしめくくりました。(池田敦子記)
平成16(2004)年5月19・20日 短大被服科昭和28年卒業(第2回生)同期会「杉野先生ご夫妻の墓参旅行」私達2回生が在学していた頃は、日本が戦後からようやく立ち直りつつあった時期で、学制改革により短期大学制度が出来、杉野学園としても大学の始まりたての時でもありました。杉野芳子先生直接の講義をはじめ素晴らしい先生方に恵まれ、今思い返しても何と恵まれた学生時代を送ることが出来たことかと思います。(荒木翠子記)
2003年
平成15(2003)年11月12日 短大被服科昭和28年卒業(第2回生)同期会 「秋に一日を一寸遠出して」(松山・荒木・須藤・三木記)
2002年
平成14(2002)年10月18日 短大被服科昭和28年卒業(第2回生)同期会「久しぶりの母校で、杉野秀先生と」(三木かず記)

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